企業のカーボンニュートラルの取り組みとは? 意味・背景・ポイントを解説
企業の事業活動は、エネルギーの使用や物流、製品の製造・販売などを通じて、温室効果ガスの排出と密接に関わっています。近年、こうした排出量を削減し、省エネルギー技術や再生可能エネルギー技術の活用を通じてカーボンニュートラルの実現を目指す取り組みが、経営において大きなテーマとなっています。
日本では、2020年10月に政府が2050年までのカーボンニュートラル実現を宣言し、国全体として脱炭素社会への転換が進められています。これを受けて、事業者や組織にも環境配慮を前提とした事業運営や、温室効果ガス削減に向けた具体的な取り組みを通じて、脱炭素社会の実現に貢献する姿勢が求められるようになりました。
カーボンニュートラルへの取り組みは、もはや一部の先進企業だけの取り組みではなく、多くの企業にとって事業継続や競争力にも関わる主要な経営課題となりつつあります。
本記事では、カーボンニュートラルの基本的な意味や背景を整理したうえで、なぜ今、こうした取り組みが求められているのかを解説します。あわせて、国内外の企業による取り組みの事例についても紹介します。
企業がまず取り組むべきこと
結論から言えば、企業がまず取り組むべきことは「全体像を理解し、段階的な実行プロセスを設計すること」です。
カーボンニュートラルは単発の施策ではなく、排出量の把握から削減、進捗管理、そして残余排出への対応までを一連の流れとして進める必要があります。場当たり的に再エネ導入やオフセットに着手するのではなく、基本的な枠組みに沿って取り組むことが重要です。
取り組みの全体像は、次の6つのステップに整理できます。
- ステップ1|排出量の把握(Scope1・2・3)
- ステップ2|目標設定(中間目標含む)
- ステップ3|削減施策の優先順位付け
- ステップ4|実行体制の整備
- ステップ5|進捗管理と情報開示
- ステップ6|残余排出への対応(除去・オフセット)
「まず何から始めればよいのか」と迷う場合は、電力や燃料などのエネルギーデータを整理し、Scope1・2の排出量を算定することから着手するのが現実的です。ここがすべての出発点になります。
それぞれの具体的な進め方については、後ほど詳しく解説します。
中小企業が30日以内にやるべき初動アクション
中小企業にとって、カーボンニュートラルへの対応は「大企業の話」と感じられるかもしれません。しかし、取引先からの要請やエネルギー価格の変動、将来的な制度対応を考えると、早い段階で小さく動き出すことが重要です。まずは大規模な投資や難しい制度対応を目指すのではなく、30日以内に実行できる初動アクションから着手することが現実的な第一歩となります。
- 電力・燃料データの収集
まずは直近1年分の電気・ガス・燃料(重油・軽油など)の使用量や請求書データを整理します。毎月の使用量を一覧化することで、エネルギー消費の傾向や削減余地のあるポイントが見えてきます。排出量算定の基礎資料にもなります。 - Scope1・2の簡易算定
収集したエネルギーデータに排出係数を掛け合わせることで、自社のScope1(直接排出)・Scope2(購入電力による間接排出)を概算できます。まずは精緻さよりも「全体像の把握」を優先し、排出規模を把握することが重要です。 - 経営層への報告
算定結果やエネルギー使用の現状を簡潔にまとめ、経営層へ共有します。現状を数値で示すことで、脱炭素を経営課題として位置づけやすくなり、今後の方針や体制整備の議論につながります。 - 再エネ契約の確認
現在契約している電力メニューが再生可能エネルギー由来かどうかを確認します。再エネ電力への切り替えが可能であれば、比較的短期間でScope2排出削減につながるケースもあります。まずは契約内容の把握が第一歩です。
これらは大きな投資を伴わずに始められる取り組みであり、中小企業にとって現実的なスタートラインとなります。
企業のカーボンニュートラル取り組み【6ステップ完全ガイド】
企業のカーボンニュートラルへの取り組みは、単に再生可能エネルギーを導入すればよいというものではありません。排出量の把握から目標設定、削減策の実行、さらには情報開示まで、段階的に進めていく必要があります。
とくに「何から始めればよいのか分からない」という声は多く、取り組みの全体像を整理して理解することが第一歩になります。
実務上は、次の6つのステップに分けて考えると、取り組みの流れを把握しやすくなります。
企業のカーボンニュートラル6ステップモデル
| 内容 | ポイント | |
|---|---|---|
| ステップ1 | 排出量の把握(Scope1・2・3) | 自社の排出構造を可視化 |
| ステップ2 | 目標設定 | 基準年を決め、短期・中期・長期目標を設定 |
| ステップ3 | 削減策の優先順位付け | 省エネ→再エネ→調達・物流の順で整理 |
| ステップ4 | 実行体制の構築 | 担当部署・予算・社内ルールを明確化 |
| ステップ5 | モニタリング | KPI設定と進捗管理 |
| ステップ6 | 残余排出の扱いと情報開示 | 削減優先、残余はオフセット・開示 |
ステップ1|排出量の算定(Scope1・2・3の把握)
カーボンニュートラルの取り組みは、まず自社の排出量を把握することから始まります。現状が分からなければ、適切な目標設定や施策の優先順位も決められません。
排出量は、直接CO₂を測るのではなく、「活動量データ × 排出係数」で算定します。
たとえば、電力使用量や燃料使用量、物流データなどの活動量に、国が公表している排出係数を掛け合わせることで排出量を計算します。
算定は、次の3区分で整理するのが一般的です。
- Scope1:自社で直接排出する分
- Scope2:購入した電力などによる間接排出
- Scope3:原材料調達や物流など、サプライチェーン全体の排出
また、拠点単位か全社か、グループ会社まで含めるかといった「対象範囲(組織境界)」を最初に決めておくことも必要です。
実務では、データが部門ごとに分散している、Scope3の範囲で迷うといった課題が生じやすいため、まずは入手可能な情報から整理し、段階的に精度を高めていくことが現実的な進め方といえます。
ステップ2|目標設定(基準年・中期・長期目標)
排出量を把握したら、次に行うのが目標設定です。
カーボンニュートラルの取り組みでは、まず「基準年(ベースライン)」を定め、その年の排出量を起点に削減目標を設定します。
目標は、短期・中期・長期の3段階で整理すると進めやすくなります。
- 短期目標:1~3年程度の具体的な削減目標
- 中期目標:2030年などを目安とした数値目標
- 長期目標:2050年のカーボンニュートラル達成など
大切なのは、「最終目標」だけを掲げるのではなく、途中経過となる中間目標を設定することです。中間目標がなければ、進捗管理が難しくなり、取り組みが形骸化してしまう可能性があります。
また、目標設定にあたっては、自社単独の努力だけでなく、サプライチェーン全体の削減可能性も考慮する必要があります。Scope1・2だけでなく、Scope3を含めた目標をどう扱うかも検討ポイントになります。
無理のある目標を掲げることよりも、実行可能性のある数値を設定し、段階的に引き上げていく姿勢が不可欠です。目標は「宣言」で終わらせるものではなく、具体的な施策と連動させることで意味を持ちます。
ステップ3|削減策の実行計画(省エネ→再エネ→調達・物流)
目標を設定したら、次は具体的な削減策を計画し、実行に移します。
やみくもに施策を並べるのではなく、効果と実現可能性を踏まえて優先順位を付けることです。
一般的には、次の順序で検討すると整理しやすくなります。
まずは省エネルギーの徹底です。
設備の更新や運用改善、エネルギー使用の見直しなど、自社の努力で削減できる部分から取り組みます。省エネは投資対効果が比較的見えやすく、短期的な成果にもつながりやすい施策です。
次に、再生可能エネルギーの導入を検討します。
自家発電の導入や、再エネ由来の電力への切り替えなどにより、Scope2の排出削減が可能になります。
さらに、調達や物流の見直しも必要です。
原材料の選定、輸送方法の変更、サプライヤーとの協働などを通じて、Scope3の排出削減を進めます。近年は取引先からも排出削減を求められるケースが増えており、サプライチェーン全体での取り組みが不可欠になっています。
ステップ4|実行体制の構築(担当・予算・社内ルール)
削減策を決めても、実行体制が整っていなければ取り組みは進みません。カーボンニュートラルの推進には、担当の明確化・予算の確保・社内ルールの整備が不可欠です。
まず必要なのは、責任の所在を明確にすることです。
総務や経営企画、環境担当部署などが中心となるケースが多いですが、購買・物流・製造など複数部門にまたがるため、横断的に調整できる体制づくりが求められます。
次に、予算の確保です。
省エネ設備の更新や再生可能エネルギーの導入には初期投資が伴うため、単年度のコストだけで判断せず、中長期的な効果も踏まえた検討が必要になります。
また、社内ルールや評価制度への反映も重要です。
調達基準の見直しや、環境目標をKPIに組み込むことで、取り組みを一部門の活動にとどめず、組織全体の行動へと落とし込むことができます。
ステップ5|進捗管理とKPIモニタリング
目標と施策を設定したら、それらが計画どおりに進んでいるかを定期的に確認する必要があります。
カーボンニュートラルの取り組みは長期にわたるため、進捗を可視化し、継続的に見直す仕組みが不可欠です。
まずは、排出量そのものだけでなく、削減に直結するKPI(重要業績評価指標)を設定します。
たとえば、
- エネルギー使用量(kWh)の削減率
- 再生可能エネルギー比率
- 省エネ設備の導入率
- Scope3データの回収率
など、行動レベルで管理できる指標を定めることで、具体的な改善につなげやすくなります。進捗管理は、年1回の報告だけでは不十分です。
四半期や月次単位で確認し、目標との差異を分析することで、必要に応じて施策を修正していきます。また、数値の推移を社内で共有することも重要です。
経営層や関連部門に定期的に報告することで、取り組みを一部門の活動にとどめず、組織全体の課題として位置づけることができます。
ステップ6|残余排出の対応(除去・オフセット)と情報開示
省エネや再生可能エネルギーの導入など、可能な限りの削減策を実行しても、どうしても残る排出(残余排出)が生じる場合があります。その際に検討されるのが、除去やオフセットによる対応です。
まず前提として重要なのは、削減を優先することです。
オフセットは削減の代替ではなく、削減しきれなかった分を補完する手段と位置づける必要があります。
残余排出への対応には、主に次のような方法があります。
- 除去系:植林や炭素回収・貯留(CCS)など、大気中のCO₂を実際に取り除く取り組み
- 回避系(クレジット):再生可能エネルギー事業など、他の場所での排出削減を支援することで相殺する仕組み
- 再エネ証書の活用:非化石証書などを活用し、電力由来の排出を実質的に削減する方法
ただし、オフセットを活用する場合は、その妥当性や透明性にも注意が必要です。
削減努力が不十分なまま「実質ゼロ」と表現すると、グリーンウォッシュと受け取られるリスクがあります。
そのため、どの範囲を削減し、どの範囲をオフセットで対応しているのかを明確にし、算定方法や根拠とあわせて情報開示することが大切です。
企業の信頼性を高めるためにも、排出量の内訳や進捗状況を適切に開示し、必要に応じて第三者の検証を受ける姿勢が求められます。
このように、カーボンニュートラルの取り組みは「一度に完成させるもの」ではなく、段階的に進めていくプロセスです。
まずは排出量の把握から始め、現実的な目標と施策を整理していくことが必要になります。
企業が実践しているカーボンニュートラル施策
企業のカーボンニュートラルへの取り組みは、単なる目標設定にとどまらず、具体的な施策として事業活動のあらゆる場面に広がっています。近年は、自社の排出削減(Scope1・2)に加え、サプライチェーン全体(Scope3)まで視野に入れた対応が主流となっており、より包括的な脱炭素戦略が求められています。
また、従来の省エネルギーや再生可能エネルギー導入といった施策に加え、水素やe-メタンなどの次世代エネルギー、AIによるエネルギー最適化、循環型経済への転換など、技術革新を活用した取り組みも進んでいます。これらは単なる環境対応ではなく、将来の競争力を左右する経営テーマとして位置づけられています。
以下では、企業が実際に進めているカーボンニュートラル施策を、「Scope1・2削減」「Scope3削減」「次世代技術の活用」という3つの観点から整理します。
Scope1・2削減施策(自社排出)
Scope1・2の削減は、企業が自らコントロールできる領域であり、カーボンニュートラルに向けた取り組みの中でも最も着手しやすい分野です。Scope1は自社での燃料燃焼などによる直接排出、Scope2は購入電力や熱の使用に伴う間接排出を指し、多くの企業にとってエネルギー使用の効率化が重要なテーマとなります。
まず基本となるのが、省エネルギー設備の導入です。高効率ボイラーや空調設備への更新、LED照明への切り替え、生産設備の最適化などにより、エネルギー使用量そのものを削減することが可能です。エネルギーコストの抑制にもつながるため、環境面と経済面の双方で効果が期待できます。
次に、再生可能エネルギーへの切り替えも有効な手段です。再エネ由来の電力メニューへの変更や、自社敷地内での太陽光発電の導入などにより、Scope2排出を削減できます。特に電力消費量が大きい企業にとっては、短期間で排出削減効果が見込める施策です。
さらに、電気や燃料転換も重要な取り組みです。化石燃料を使用している設備を電化する、あるいはより排出係数の低い燃料へ転換することで、Scope1排出の削減が可能になります。これらの施策は初期投資を伴う場合もありますが、中長期的なエネルギー効率の改善や規制対応の観点からも意義があります。
Scope1・2の削減は、企業が主体的に進められる領域であり、カーボンニュートラル推進の基盤となる取り組みといえます。
Scope3削減施策(サプライチェーン)
Scope3は、原材料の調達、物流、製品の使用・廃棄など、サプライチェーン全体で発生する排出を指します。多くの企業にとって、自社排出(Scope1・2)よりもScope3の方が排出割合が大きいケースも少なくありません。そのため、カーボンニュートラルを実現するうえでは、サプライチェーン全体を視野に入れた取り組みが不可欠となります。
まず大切なのが、調達基準の見直しです。環境配慮型の原材料を選定する、排出削減目標を持つサプライヤーを優先するなど、調達方針に脱炭素の視点を組み込むことで、上流工程の排出削減につながります。近年は、サプライヤーに対して排出量の報告や削減計画の提出を求める企業も増えています。
次に、物流の効率化も有効な施策です。輸送ルートの最適化や積載率の向上、モーダルシフト(トラックから鉄道・船舶への転換)、低炭素車両の導入などにより、輸送に伴う排出を削減できます。デジタル技術を活用した物流管理の高度化も、排出削減に寄与します。
さらに、製品設計の低炭素化も大事な視点です。省エネルギー性能の高い製品の開発、軽量化や長寿命化、リサイクル可能な素材の採用などは、製品使用段階や廃棄段階での排出削減につながります。設計段階から環境負荷を考慮することで、ライフサイクル全体での排出削減が可能になります。
Scope3の削減は、自社単独では完結しません。取引先や顧客との協働を通じて排出源そのものを見直していくことが、サプライチェーン全体での脱炭素推進につながります。
次世代技術の活用
カーボンニュートラルの実現に向けては、既存の省エネルギー施策や再生可能エネルギーの導入に加え、次世代技術の活用が重要な役割を果たします。特に、現時点では削減が難しい分野や高温熱を必要とする産業工程などでは、新たなエネルギー技術の導入が鍵となります。
代表的な取り組みの一つが、水素の活用です。製造工程や発電、輸送分野において、化石燃料の代替として水素を利用することで、CO₂排出の削減が期待されています。とりわけ、再生可能エネルギー由来の「グリーン水素」は、脱炭素社会の中核技術の一つと位置づけられています。
また、e-メタンなどの合成燃料の活用も注目されています。既存の都市ガスインフラを活用できる点が特徴で、燃焼時にCO₂を排出するものの、その原料として回収CO₂を利用することで、全体として排出を抑制する仕組みが検討されています。
さらに、AIやデジタル技術の活用も大切です。工場やビルのエネルギー使用状況をリアルタイムで分析し、最適な運転制御を行うことで、無駄なエネルギー消費を削減できます。物流の最適化や需要予測の高度化も、排出削減につながる取り組みの一つです。
加えて、循環型経済(サーキュラーエコノミー)への転換も、次世代の脱炭素施策として位置づけられます。二次素材の活用や製品の長寿命化、リサイクル設計の推進により、資源の採取や廃棄に伴う排出を抑制することが可能です。
業種別に見るカーボンニュートラルの取り組みポイント
カーボンニュートラルへの対応は、すべての企業に共通する課題である一方で、排出構造や事業特性によって重点的に取り組むべきポイントは異なります。製造業のようにエネルギー多消費型の業種と、IT・オフィス中心の企業、小売・物流、エネルギー関連企業では、排出源や削減手法が大きく異なります。
そのため、自社の業種特性を踏まえたうえで、どの領域に優先的に取り組むべきかを整理することが重要です。ここでは、代表的な業種ごとに、カーボンニュートラル推進の際に押さえておきたいポイントを概観します。
製造業の場合
製造業は、エネルギー使用量が多く、Scope1・2排出が大きな割合を占めるケースが多い業種です。特に工場での燃料燃焼や大量の電力使用が主な排出源となるため、設備・工程レベルでの改善が重要になります。
主な取り組みポイントは以下のとおりです。
- 省エネルギー設備への更新
高効率ボイラー、インバーター制御、廃熱回収などによるエネルギー使用量の削減 - 再生可能エネルギーの導入
自家消費型太陽光発電や再エネ電力への切り替えによるScope2削減 - 電化・燃料転換
重油・石炭から電化や低炭素燃料への切り替えによるScope1削減 - エネルギーマネジメントの高度化
EMS導入やデータ可視化による効率改善 - 低炭素原材料・製品設計の見直し
原材料調達や製品使用段階まで含めた排出削減(Scope3対策)
製造業では、設備投資や技術革新と連動させながら、中長期的な視点で取り組むことが重要です。
IT・オフィス企業の場合
IT・オフィス企業は、製造業に比べて直接排出(Scope1)は少ない傾向にありますが、電力使用に伴うScope2や、クラウド利用・出張・通勤などのScope3が主な排出源となります。そのため、電力の脱炭素化と働き方の見直しが重要なポイントです。 主な取り組みは以下のとおりです。
- 再生可能エネルギーへの切り替え
オフィスの電力契約を再エネメニューへ変更し、Scope2排出を削減 - 省エネルギー対策
LED照明の導入、高効率空調、空調設定の最適化などによる電力使用量の削減 - データセンター・クラウドの見直し
再エネ比率の高いクラウドサービスの選定や、サーバー利用の最適化 - 働き方の改善
リモートワークの推進や出張のオンライン化による移動排出の削減 - ペーパーレス化・業務のデジタル化
紙使用量の削減や業務効率化による間接的な排出抑制
小売・物流企業の場合
小売・物流企業は、店舗運営に伴う電力使用(Scope2)や、輸配送に伴う燃料使用(Scope1)、さらに商品の調達・廃棄まで含めたScope3が大きな排出源となります。特に物流や冷蔵・冷凍設備など、エネルギー消費の多い工程への対応が重要です。 主な取り組みは以下のとおりです。
- 店舗の省エネルギー化
LED照明や高効率空調・冷凍冷蔵設備の導入による電力削減 - 再生可能エネルギーの活用
店舗や倉庫への太陽光発電導入、再エネ電力契約への切り替え - 物流の効率化
配送ルート最適化、積載率向上、共同配送の推進 - 低炭素車両の導入
EVやハイブリッド車の活用による輸送排出の削減 - サプライチェーン全体の見直し
環境配慮型商品の仕入れ、過剰在庫の削減、廃棄ロスの低減
小売・物流企業では、エネルギー管理と物流改善の両面から取り組むことが、排出削減とコスト効率の向上につながります。
エネルギー関連企業の場合
エネルギー関連企業は、自社の排出量が大きいだけでなく、社会全体の排出構造に直接影響を与える立場にあります。そのため、自社の脱炭素化と同時に、エネルギー供給構造そのものの転換が重要なテーマとなります。 主な取り組みは以下のとおりです。
- 再生可能エネルギーの拡大
太陽光・風力・水力などの導入拡大や発電比率の引き上げ - 火力発電の高効率化・転換
高効率設備への更新や、石炭からガスへの転換などによる排出削減 - 水素・e-メタンなど次世代燃料の開発
低炭素燃料の実用化・供給体制の構築 - CCUS(CO₂回収・利用・貯留)の活用
排出されたCO₂を回収し、利用または地中貯留する技術の導入 - 需要側との連携
企業や家庭向けの再エネメニュー拡充や、エネルギーマネジメントサービスの提供
エネルギー関連企業にとっては、自社の排出削減だけでなく、社会全体の脱炭素を支えるインフラを構築することが、重要な役割といえます。
企業のカーボンニュートラル取り組み事例【国内】
国内企業において、カーボンニュートラルの実現に向けた取り組みが本格化しています。
以下では、国内企業のカーボンニュートラルの取り組み事例を紹介し、どのような考え方や施策が実践されているのかを見ていきます。
トヨタ自動車のカーボンニュートラル戦略
トヨタ自動車は、2050年までの長期的な環境目標として「トヨタ環境チャレンジ2050」を掲げ、クルマの一生を通じたカーボンニュートラルの実現に取り組んでいます。
走行時だけでなく、製造・燃料・物流まで含めたライフサイクルを通じたCO₂削減を重視している点が特徴です。
特定の技術に依存せず、地域ごとのエネルギー事情やインフラ状況に応じた現実的な脱炭素を推進している点も、トヨタの取り組みの大きな特長といえます。
また、企業単独での削減にとどまらず、サプライチェーンや異業種との連携を通じて、社会全体でのカーボンニュートラル実現を目指しています。
長期目標を経営戦略に組み込み、段階的に実行している点は、国内企業の中でも先進的な事例の一つです。
主な取り組みポイント▼
- ライフサイクルでCO₂削減
クルマや部品の製造から、燃料・車両の輸送、使用、廃棄・リサイクルまで、クルマの一生を通じた排出の削減を重視。 - マルチパスウェイ戦略の採用
ハイブリッド車(HEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、電気自動車(BEV)、燃料電池自動車(FCEV)など、地域ごとのエネルギー事情に応じた多様な電動車を展開。 - 水素技術への取り組み
水素エンジン車の研究・開発を推進し、レース参戦などを通じて実証と技術の高度化を実施。 - 製造工程の脱炭素化
2035年までに世界の工場でCO₂排出実質ゼロを目指す「グリーンファクトリー」構想を推進。再生可能エネルギー導入や省エネ技術を活用。
ソニーのカーボンニュートラル目標と具体施策
ソニーグループは、スコープ1から3までを含むバリューチェーン全体でのカーボンニュートラル実現を目標に掲げ、その達成年を2050年から2040年へ10年前倒しすることを発表しています。
また、自社オペレーションで使用する電力についても、再生可能エネルギー100%の達成目標を2030年へ前倒しするなど、脱炭素に向けた取り組みを加速させています。
この取り組みは、ソニーが2010年に策定した長期環境計画「Road to Zero」を基盤とするもので、気候変動、資源、化学物質、生物多様性の4つの視点から「環境負荷ゼロ」を目指す総合的なロードマップに基づいています。
近年の気候変動リスクの深刻化を受け、気候変動領域における環境負荷低減をさらに加速させる判断として、目標の前倒しが行われました。
主な取り組みポイント▼
- バリューチェーン全体でのカーボンニュートラル推進
自社オペレーション(スコープ1・2)だけでなく、製品の使用、物流、サプライチェーンまで含め、スコープ1〜3全体での排出量削減を実施。 - カーボンニュートラル目標の前倒し
バリューチェーン全体でのカーボンニュートラル達成年を2050年から2040年へ、自社オペレーションは2030年までに達成を目指す。 - 再生可能エネルギー100%への転換
事業所で使用する電力について、再生可能エネルギー100%の達成目標を2040年から2030年へ前倒しし、RE100にも加盟。 - 製品・事業を通じた排出の削減
ソニー製品の省エネ性能向上を推進するとともに、映像制作のバーチャル化や省電力技術など、事業活動そのものを通じた排出の削減に取り組む。 - サプライチェーンとの連携強化
部品・材料・製造委託先などのビジネスパートナーに対し、省エネや再エネ転換、排出量管理を促し、全体での削減を推進。 - 炭素除去・吸収への取り組み
炭素除去技術や生態系による吸収への投資・支援を通じ、削減しきれない排出量の相殺にも取り組む。
パナソニックホールディングスのカーボンニュートラルの取り組み
同社は、事業活動を通じてSDGsの達成を目指し、カーボンニュートラルの実現に向けた取り組みを推進しています。
自社だけでなくサプライチェーンを含めた事業活動全体のCO₂排出量削減を重視しており、「工場環境」と「製品環境」の両面から脱炭素に取り組んでいる点が特徴です。
工場での排出削減にとどまらず、製品やソリューションを通じて顧客のCO₂削減にも貢献することで、社会の脱炭素化を後押ししています。
こうした取り組みをモノづくりの全プロセスに組み込み、環境配慮と事業成長の両立を図っている点も大きな特長です。
主な取り組みポイント▼
- 工場環境の改善による排出削減
事業活動におけるCO₂排出量(Scope1・Scope2)について、2030年までに実質ゼロを目標に、徹底した省エネルギー化と再生可能エネルギーの利活用を推進。 - サプライチェーン全体での排出削減
原材料調達や物流などを含むサプライチェーン(Scope3)においても、2050年までのCO₂排出量実質ゼロを目指し、2030年までに2023年度比26%削減を目標として、関係するステークホルダーと協働。 - エネルギー生産性の向上
限りあるエネルギーを効率的に使用することで、工程改善や品質向上につなげ、付加価値の最大化を図る取り組みを実施。 - 製品・ソリューションを通じたCO₂削減貢献
設備の稼働・待機時における省エネルギー機能を備えた製品や、CO₂排出量削減に貢献するソリューションを提供し、顧客や社会の脱炭素に貢献。
日立産機グループ、2024年度にカーボンニュートラル達成
日立産機グループは、従来2030年度としていた目標を前倒しし、2024年度(2024年4月~2025年3月)にカーボンニュートラル(Scope1・Scope2)を達成しました。
国内外の事業所・工場・オフィスなどを含む54サイトで実質ゼロを実現しており、産業分野における先進的な取り組みとして注目されています。
同社は「Leading a Sustainable Future」をスローガンに掲げ、省エネルギーの徹底と再生可能エネルギーの活用を軸に、事業活動におけるCO₂排出量削減を推進してきました。
また、自社の取り組みにとどまらず、高効率な産業用設備やデジタル技術を通じて、顧客のエネルギー効率向上と脱炭素にも貢献する姿勢を明確にしています。
主な取り組みポイント▼
- カーボンニュートラルの早期達成(Scope1・2)
2030年度目標を前倒しし、2024年度に温室効果ガス排出量実質ゼロを達成。 - 省エネルギーと設備更新の徹底
高効率な変圧器や空気圧縮機への更新、照明のLED化などを世界各国の事業所で推進。 - 再生可能エネルギーの活用
太陽光発電設備の導入に加え、再生可能エネルギー由来電力や非化石証書の調達を実施。 - 中和クレジットの活用と削減方針
削減しきれない排出量については中和クレジットを活用しつつ、2030年度までにオフセット比率の低減を目指す。 - 顧客の脱炭素への貢献
高効率・低CO₂排出の産業用設備やデジタルデータ活用を通じて、顧客の事業におけるエネルギー効率向上を支援。
東京ガスグループのカーボンニュートラルの取り組み
東京ガスグループは、2019年にグループ経営ビジョン「Compass2030」を策定し、国内エネルギー企業として初めてCO₂ネットゼロへの挑戦を宣言しました。
エネルギーの「安定供給」と「脱炭素化」を両立させることを重要な責務と捉え、2050年のカーボンニュートラル社会実現に向けた道筋として「カーボンニュートラルロードマップ2050」を策定しています。
地政学リスクの高まりなどによりエネルギー情勢が不透明さを増す中でも、東京ガスグループは社会を支えるエネルギー事業者としての責任を果たしながら、脱炭素社会への移行を主導する「責任あるトランジション」を重視しています。
2030年代にかけては、他の化石燃料よりもCO₂排出量の少ない天然ガスの高度利用を進め、社会全体のCO₂排出量削減に貢献する方針です。
主な取り組みポイント▼
- 責任あるトランジションの推進
天然ガスの高度利用を通じて、お客さま先でのCO₂排出量を削減し、2030年にはCO₂削減貢献量1,700万トンを目指す。 - カーボンニュートラルロードマップ2050の策定
ガス・電力の両分野で脱炭素化を推進し、2040年にカーボンニュートラル化率50%、2050年にCO₂ネットゼロを目標に設定。 - e-メタンを軸としたガスの脱炭素化
e-メタンを主軸に、バイオガス、水素、信頼性の高いカーボンオフセットを組み合わせ、都市ガスの脱炭素化を推進。 - 水素の製造・利活用の拡大
e-メタンの原料やゼロエミッション火力の燃料として水素を位置づけ、製造・輸送・利活用技術の開発を推進。 - 再生可能エネルギーの拡大
再エネ電源の開発・調達・販売に加え、PPA、VPP、蓄電池、デマンドレスポンスなどを活用し、電力の脱炭素化を加速。
企業のカーボンニュートラル取り組み事例【海外】
カーボンニュートラルへの取り組みは、日本国内にとどまらず、世界各国の企業においても加速しています。
特に欧米を中心とした海外企業では、脱炭素を経営戦略の中核に位置づけ、早い段階から目標設定や取り組みを推進してきました。
海外企業の特徴として、再生可能エネルギーの導入や、自社の排出削減だけでなく、サプライチェーンを含めた脱炭素への取り組み、さらには情報開示や透明性の高さが挙げられます。これらの動きは、国際的な規制や投資家の要請に対応すると同時に、企業競争力を高める要素としても機能しています。
以下では、海外企業によるカーボンニュートラルの取り組み事例を紹介します。
Googleのカーボンニュートラルの取り組み(アメリカ)
Googleは、AIとデジタル技術を活用しながら、事業活動における脱炭素と、社会全体の温室効果ガス削減の両立を目指しています。
2025年環境報告書では、「AIを地球を含むすべての人にとって役立つものにする」という方針のもと、プロダクト・研究・事業運営の各領域で進めている持続可能性への取り組みを明らかにしています。
特に特徴的なのは、自社の排出量削減にとどまらず、Googleの製品やサービスを通じてユーザーや都市、企業の排出削減を後押ししている点です。
2024年には、わずか5つのGoogle製品によって、推定2,600万トンの温室効果ガス排出削減に貢献できるとされており、これは数百万世帯分の年間エネルギー使用量に相当します。
主な取り組みポイント▼
- プロダクトを通じた排出削減への貢献
燃費の良いルート提案、Solar API、Nestサーモスタットなどにより、個人・自治体・企業のCO₂排出削減を支援。 - AIを活用した環境ソリューションの提供
交通信号最適化による排出削減、洪水予測、山火事検知など、AI技術を用いて都市や社会のレジリエンス向上に貢献。 - 再生可能エネルギーの大規模導入
2024年には8GW超のクリーンエネルギーを新たに調達し、事業運営の脱炭素化を加速。 - データセンターの高効率化
AI最適化により、エネルギー需要が増加する中でもデータセンターの排出量を前年比12%削減。 - 次世代クリーンエネルギー技術への投資
強化地熱、先進原子力、炭素除去技術など、将来の脱炭素を見据えた技術分野にも投資。
Google sustainability:Making AI helpful for everyone, including the planet
BMWグループのカーボンニュートラルの取り組み(ドイツ)
BMWグループは、長期的な経済的成功は環境および社会に対する責任ある行動と両立してこそ実現できるという考えのもと、持続可能性を経営戦略の中核に位置づけています。
パリ協定にコミットし、2050年までにバリューチェーン全体でネットゼロを達成することを目標に掲げています。
同社の特徴は、単に走行時の排出削減にとどまらず、設計・原材料調達・生産・使用・リサイクルまでを含むライフサイクル全体でCO₂削減を進めている点です。
循環型経済の考え方を取り入れ、二次原料の積極活用や廃棄物削減、責任あるサプライチェーンの構築を通じて、環境負荷の最小化を図っています。
主な取り組みポイント▼
- 2050年ネットゼロ目標へのコミット
パリ協定に基づき、バリューチェーン全体でのCO₂排出量実質ゼロを目指す。 - 循環型経済とCO₂削減の推進
二次原料の活用を優先し、資源効率の向上と廃棄物最小化を徹底。 - サプライチェーン全体での責任ある管理
パートナーと連携し、公正な労働条件と環境・社会基準(国連グローバル・コンパクト)の遵守を推進。 - 製品ライフサイクル全体での脱炭素設計
設計段階からリサイクルまでを見据えた「循環型デザイン」を採用。 - 電動車による成果(BMW iX3)
サプライチェーンにおけるCO₂排出量を35%削減。
高電圧バッテリーにはコバルト・リチウム・ニッケルの二次素材を50%使用。 - 脱炭素型生産拠点の構築
ハンガリー・デブレツェン新工場では、化石燃料を使用しない定常操業を実現する「BMW iFactory」を展開。
ユニリーバのカーボンニュートラルの取り組み(イギリス)
ユニリーバは、バリューチェーン全体での温室効果ガス排出削減を軸に、ネットゼロの実現を目指すグローバル企業です。
気候、自然、プラスチック、生活の4つを持続可能性の優先事項として掲げ、より迅速かつ体系的な行動によって実効性のある変化を生み出すことを重視しています。
同社の特徴は、排出量の大半を占めるスコープ3(原材料・農業・エネルギー・輸送など)に真正面から取り組んでいる点です。2030年に向けて、科学的根拠に基づく削減目標を設定し、事業成長と両立しながら排出源そのものを減らす戦略を進めています。
主な取り組みポイント▼
- スコープ3排出量の大幅削減目標
2030年までに森林・土地・農業(FLAG)由来排出量を 30.3%削減
エネルギー・産業由来排出量を 42%削減(いずれも2021年比) - サプライヤー主導の脱炭素支援
排出量の半分以上を占める原材料・成分を対象に、サプライヤー気候プログラムを展開。2024年には 181社 が参加。 - 森林破壊のない原材料調達
パーム油、紙・板紙、茶、大豆、ココアの 97%を森林破壊なしで調達。
森林保全・回復への投資も拡大。 - 再生型農業の推進
排出削減と自然再生を両立する農法に投資し、13万ヘクタールの農地をカバー。 - 原材料・製品設計の見直し
化石燃料由来成分の代替、低排出原料の活用、植物由来成分の開発などを推進。 - 事業運営(Scope1・2)の脱炭素化
再生可能電力と省エネを優先し、2015年比で72%の排出削減を達成。
2030年までにScope1・2排出量を実質ゼロへ。
unilever:We’re working to reduce emissions across our value chain
成功企業に共通する5つの特徴
企業の事例を見ると、共通しているのは「自社の排出削減」だけにとどまらず、サプライチェーン・製品・顧客・社会まで含めて排出量を減らす設計がなされている点です。
多くの企業は、2050年のネットゼロ(実質排出ゼロ)といった長期目標に加え、2030年・2040年などの中間目標を設定し、再生可能エネルギーの導入、省エネ、原材料の見直し、次世代技術への投資などを段階的に実行しています。
また、Scope3(調達・物流・製品使用など)を主要な削減対象と捉え、サプライヤーや顧客と協働して排出源そのものを減らす動きが主流になりつつあります。
| 施策カテゴリ | 取り組み |
|---|---|
| 目標設定・ロードマップ | 2050年ネットゼロ/2030年・2040年の中間目標設定 |
| Scope1・2の削減 | 省エネ、設備更新、再エネ電力導入、脱炭素工場 |
| Scope3対策 | サプライヤー支援、低炭素原料、物流排出削減 |
| 製品・サービスでの削減 | 省エネ製品、顧客のCO₂削減につながるソリューション提供 |
| 次世代エネルギー | EV、水素、e-メタン、AI・デジタル活用 |
| 循環型経済 | 二次素材活用、循環型デザイン、廃棄物削減 |
| 炭素除去・オフセット | 削減困難分の相殺(依存度は抑制傾向) |
カーボンニュートラル推進で企業がつまずきやすいポイントと対策
カーボンニュートラルの取り組みは、手順として整理すればシンプルに見えます。しかし実際の現場では、データ収集の難しさや部門間の調整、投資判断など、さまざまな壁に直面するケースが少なくありません。
特に「何から手を付けるべきか分からない」「進めているが手応えがない」と感じる企業も多いのが実情です。こうした課題を事前に把握しておくことは、取り組みを停滞させないために重要です。
ここでは、カーボンニュートラル推進において企業がつまずきやすい代表的なポイントと、その対策の考え方を整理します。
データが集まらない・部門が協力しない
カーボンニュートラル推進で最も多い課題の一つが、排出量算定に必要なデータが集まらないという問題です。電力使用量は経理、燃料データは総務、物流情報は購買や現場部門など、データが複数部門に分散しているケースが少なくありません。その結果、担当部署だけでは全体像を把握できず、算定作業が滞ってしまいます。
また、「なぜ今それが必要なのか」が十分に共有されていない場合、協力が得られにくいこともあります。カーボンニュートラルが一部門の取り組みに見えてしまうと、他部門の優先順位が上がらず、データ提供が後回しになることがあります。
まず、排出量算定の目的と全社的な意義を明確にし、経営層の関与を得ることが重要です。そのうえで、必要なデータの一覧を整理し、どの部門が何を保有しているのかを可視化します。定期的な共有や進捗報告の仕組みを設けることで、部門横断的な協力体制を構築しやすくなります。
Scope3の境界で迷う
Scope3は、原材料の調達や物流、出張、製品の使用・廃棄など、サプライチェーン全体に広がる排出を対象とするため、どこまでを算定範囲に含めるべきかで迷うケースが多くあります。対象を広く取りすぎるとデータ収集が困難になり、逆に狭すぎると実態を十分に反映できません。
特に悩みやすいのが、「委託先の排出をどこまで追うのか」「グループ会社や海外拠点を含めるのか」といった組織境界の設定です。基準が曖昧なまま進めると、年度ごとに数値が大きく変動し、比較や進捗管理が難しくなります。
まず、国際的な算定基準(GHGプロトコルなど)の分類を参考に、事業の特性に照らして重要性の高いカテゴリから優先的に整理することが現実的です。最初から完璧を目指すのではなく、影響度の大きい項目から段階的に対象を広げ、算定方法や前提条件を明確に記録しておくことが重要です。
施策はあるがKPIがない
カーボンニュートラルに向けた施策を実行しているものの、具体的なKPI(重要業績評価指標)が設定されていないケースも少なくありません。たとえば、省エネ設備の導入や再エネ電力への切り替えを行っていても、「どれだけ排出量が減ったのか」「目標に対してどの程度進んでいるのか」が数値で把握できなければ、取り組みの効果を正しく評価できません。
KPIがない状態では、進捗確認が感覚的になり、改善の優先順位も見えにくくなります。また、社内外への説明責任を果たすことも難しくなります。特に中期目標を掲げている場合、途中経過を示す指標がなければ、取り組みが形骸化するリスクがあります。
対策としては、排出量そのものだけでなく、行動レベルで管理できる指標を設定することが有効です。たとえば、エネルギー使用量の削減率、再生可能エネルギー比率、省エネ設備の導入率、Scope3データの回収率などが考えられます。これらを定期的に確認し、目標との差異を分析する仕組みを整えることで、施策を継続的な改善につなげることができます。
再エネ調達の選択肢が多く意思決定が止まる
再生可能エネルギーの導入を検討する段階になると、選択肢の多さに戸惑う企業も少なくありません。自家発電設備の設置、PPA(電力購入契約)の活用、再エネ電力メニューへの切り替え、非化石証書やグリーン電力証書の購入など、方法は複数あります。それぞれに費用構造や契約期間、リスクの取り方が異なるため、比較検討に時間がかかり、意思決定が止まってしまうケースがあります。
また、短期的なコスト増と中長期的な効果のバランスをどう判断するかも難しいポイントです。再エネ導入は初期費用や契約条件が影響するため、単年度の収支だけで判断すると導入が進まないことがあります。
対策としては、まず排出構造と電力使用状況を整理し、「何を優先的に削減したいのか」を明確にすることが重要です。そのうえで、費用・削減効果・契約期間・リスクの観点から比較し、段階的に導入する選択肢も検討します。最初から最適解を求めるのではなく、実行可能な方法から始める姿勢が、取り組みを前に進める鍵となります。
「相殺でゼロ」に見えてグリーンウォッシュと疑われる
排出量をクレジットなどで相殺し「実質ゼロ」と表現しているものの、実際の削減努力が十分に示されていない場合、グリーンウォッシュと受け取られるリスクがあります。特に、Scope1・2の削減が進んでいないままオフセットに依存していると、「見かけ上のゼロ」と批判される可能性があります。
また、どの範囲を削減し、どの範囲を相殺しているのかが明確でない場合も誤解を招きやすくなります。算定方法や前提条件、使用しているクレジットの種類を開示していないと、透明性に欠けると判断されることがあります。
信頼性を確保するためには、削減優先の原則を明確にし、残余排出のみをオフセットで補完する姿勢を示すことが重要です。さらに、排出量の内訳や削減の進捗状況、オフセットの内容を具体的に開示し、必要に応じて第三者の検証を受けることで信頼性を高めることができます。
中期投資と短期利益の衝突
カーボンニュートラルの推進では、省エネ設備の更新や再生可能エネルギーの導入など、一定の初期投資が必要になる場面があります。一方で、企業経営は四半期ごとの業績や短期的な利益目標も重視されるため、中長期的な投資と短期的な収益確保の間で判断が難しくなることがあります。
特に、投資回収までに時間がかかる施策は、単年度の損益だけを見るとコスト増に映りやすく、社内の合意形成が進まないケースもあります。その結果、削減計画があっても実行に移せないという状況が生まれます。
対策としては、単なる環境施策としてではなく、中長期的なリスク回避や競争力強化の観点から投資効果を整理することが重要です。エネルギーコストの削減効果、将来的な規制対応コストの回避、取引先からの評価向上など、財務面以外も含めた総合的な価値を示すことで、意思決定を後押ししやすくなります。
削減とオフセットの違いと正しい使い分け
カーボンニュートラルを行ううえで重要なのが、「削減」と「オフセット」の違いを正しく理解することです。
両者は似ているように見えますが、役割は大きく異なります。
削減とは、自社の排出量そのものを減らす取り組みです。
省エネルギーの推進や設備更新、再生可能エネルギーへの切り替え、調達・物流の見直しなどがこれに当たります。排出量の絶対量を減らすため、最も優先されるべき対応です。
一方、オフセットとは、自社で削減しきれなかった排出分を、他の場所での削減・吸収活動によって相殺する仕組みです。具体的には、植林などの除去系プロジェクトや、再生可能エネルギー事業を支援するクレジットの活用などがあります。
重要なのは、原則として削減を優先し、残余排出のみをオフセットで補うという考え方です。
削減努力が不十分なままオフセットに依存すると、「実質ゼロ」と表現していてもグリーンウォッシュと受け取られるリスクがあります。
また、オフセットを活用する場合は、
- どの範囲を削減し、どの範囲を相殺しているのか
- 使用しているクレジットや証書の内容は何か
- 算定方法や前提条件は何か
を明確に開示することが求められます。
削減とオフセットは対立するものではなく、段階的に組み合わせていくものです。
まずは自社でできる限りの削減を進め、その上で残余排出をどのように扱うかを検討することが、持続可能で信頼性の高いカーボンニュートラルへの近道といえます。
カーボンニュートラルに取り組む企業が得られるメリット
カーボンニュートラルへの取り組みは、環境対応にとどまらず、事業活動のさまざまな場面でメリットをもたらします。
脱炭素への対応を進めることで、コスト面・評価面・事業運営面のいずれにおいても、企業にとってプラスに働く可能性があります。
特に、企業が得られる主なメリットとして、以下の点が挙げられます。
- エネルギーコストや運用コストの削減につながる可能性
省エネルギー化や設備更新、再生可能エネルギーの活用を進めることで、エネルギー使用量の削減やコスト構造の見直しが期待できます。 - 取引先・顧客からの評価向上
環境配慮に積極的な企業として認識されることで、取引先との関係強化や新たなビジネス機会の創出につながる可能性があります。 - 投資家や金融機関からの評価向上
ESGを重視する投資家や金融機関から、長期的に安定した企業として評価されやすくなり、資金調達面で有利に働くことがあります。 - 補助金や支援制度を活用できる可能性
国や自治体による脱炭素関連の補助金・支援制度を活用することで、初期投資の負担を抑えながら取り組みを進められる場合があります。 - 中長期的な競争優位性の確立
早期に対応を進めることで、将来的な規制強化や市場変化への対応力が高まり、競争環境において優位に立てる可能性があります。
このように、カーボンニュートラルへの取り組みは、短期的な負担だけで判断すべきものではありません。
中長期的な視点で見ると、企業価値の向上や事業の安定につながる重要な投資として位置づけることができます。
企業がカーボンニュートラルに取り組む際の注意点
カーボンニュートラルへの取り組みを進めるにあたっては、いくつか注意すべき点があります。
まず、脱炭素施策には、省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーの活用、排出量管理システムなど、技術を伴う設備投資やシステム導入が必要となるケースが多く、短期的な負担だけを見て判断すると取り組みが進まなくなるおそれがあります。
補助金や支援制度の活用も視野に入れつつ、中長期的な視点で計画を立てることが必要です。
また、取り組みの効果を適切に測定・管理できないと、削減成果が見えづらくなり、社内外への説明が難しくなります。排出量の算定や進捗管理においては、データ管理や可視化を支える技術を活用しながら、数値に基づいた管理体制を整えることが欠かせません。
さらに、環境配慮を強調する一方で、実態が伴っていない場合には「グリーンウォッシュ」と受け取られるリスクがあります。表面的なアピールに偏らず、実際の取り組み内容や課題も含めて、透明性のある情報開示を行うことが求められます。
無理のない範囲で取り組みを進めつつ、技術の活用と実効性、そして信頼性を両立させることが、カーボンニュートラルを目指す上で重要なポイントとなります。
カーボンニュートラルとは?
出典:経済産業省資源エネルギー庁 | 「カーボンニュートラル」って何ですか?(前編)~いつ、誰が実現するの?」
カーボンニュートラルとは、事業活動や社会活動によって排出される二酸化炭素(CO₂)などの温室効果ガスについて、削減を進めたうえで、吸収や相殺を組み合わせ、最終的に実質ゼロの状態を実現するという考え方です。
ここでいう「実質的にゼロ」とは、排出量を完全になくすことではなく、削減しきれない排出分について、森林による吸収やカーボンオフセットなどを活用し、排出量と吸収量のバランスを取ることを指します。
この定義については、環境省が公表している資料においても、「温室効果ガスの排出量から吸収量を差し引いて、全体としてゼロにする考え方」と説明されています。企業が取り組むカーボンニュートラルも、この基本的な考え方に基づいて進められています。
また、日本政府は2020年に「2050年カーボンニュートラル」を宣言しており、以降、事業者や組織に対しても、排出の削減やエネルギー転換を通じてカーボンニュートラルの実現に向けた取り組みが強く求められるようになりました。
そのため、カーボンニュートラルは環境配慮にとどまらず、持続可能な事業運営の実現や、競争力の確保にも関わる経営テーマとして位置づけられています。
脱炭素・ゼロカーボンとの違い
カーボンニュートラルと似た言葉に、「脱炭素」や「ゼロカーボン」がありますが、それぞれ意味や考え方には違いがあります。
混同されやすい用語のため、企業が取り組みを検討する際には違いを正しく理解しておくことが必要です。
脱炭素とは、二酸化炭素(CO₂)をはじめとする温室効果ガスの排出量そのものを削減していくことを重視する考え方です。
再生可能エネルギーへの転換や省エネルギーの推進、排出量を抑えるための技術の導入など、排出をできる限り減らす取り組みが中心となります。
一方、カーボンニュートラルは、排出の削減に加えて、森林吸収やカーボンオフセットなどによる吸収・相殺も含めて、排出量と吸収量を均衡させる考え方です。
環境省も、排出量から吸収量を差し引いて「全体としてゼロ」にするという考え方を示しています。
また、「ゼロカーボン」という言葉は、排出量が物理的に完全ゼロである状態を指す場合と、カーボンニュートラルと同様の意味合いで使われる場合があり、文脈によって解釈が異なります。明確な定義が統一されている用語ではないため、企業の実務においては注意が必要です。
その点、排出の削減を前提としつつ、削減しきれない分を吸収・相殺することで実質ゼロを目指す「カーボンニュートラル」の考え方は、多くの企業で採用されているアプローチといえます。
| 主な意味 | ポイント | |
|---|---|---|
| カーボンニュートラル | 排出量と吸収量を差し引いて実質ゼロにする考え方 | 削減+吸収・オフセットを組み合わせる |
| 脱炭素 | 温室効果ガスの排出量そのものを減らす考え方 | 再生可能エネルギー導入、省エネなど「削減」重視 |
| ゼロカーボン | 排出量が完全にゼロ、またはカーボンニュートラルと同義で使われる場合もある | 文脈によって意味が異なる キャッチコピー的に使われることが多い補足として入れるなら(1文) |
企業活動とCO₂排出の関係(Scope1・2・3)
出典:2021年度温室効果ガス排出・吸収量(確報値)概要|環境省
事業活動に伴うCO₂排出は、工場での製造工程やオフィスでの業務、物流・輸送など、さまざまな場面で発生しています。
特に大切なのは、直接排出するものだけでなく、電力や熱の利用を通じて間接的に排出しているCO₂も含めて把握する必要があるという点です。
環境省が公表している温室効果ガス排出量のデータを見ると、発電所などの「エネルギー転換部門」からの排出が大きな割合を占めています。しかし、これを電気・熱の利用実態に応じて配分すると、産業部門や業務部門、運輸部門といった、事業活動と密接に関わる部門の排出量が大きくなることが分かります。つまり、発電時に排出されるCO₂も、最終的には電力・熱の使用に起因していると考えられます。
このように、CO₂排出は「自社の敷地内だけ」で完結するものではありません。自社で燃料を燃焼させて排出する分だけでなく、購入した電力の使用、さらには原材料の調達や製品の輸送・使用・廃棄といったサプライチェーンにまで広がっています。
こうした排出を整理するために用いられるのが、国際的な基準である「Scope1・Scope2・Scope3」という区分です。自社が直接排出するもの(Scope1)、購入した電力などによる間接排出(Scope2)、そして原材料調達や物流などサプライチェーン全体に広がる排出(Scope3)に分けて把握することが、実務の出発点となります。
そのため、カーボンニュートラルを目指すうえでは、直接排出の削減にとどまらず、再生可能エネルギーの導入や省エネルギー技術の活用、取引先を含めた排出削減の取り組みを推進することが不可欠です。
この視点は、環境省が示す排出量算定の考え方とも整合しており、企業が脱炭素への取り組みを具体化するうえで欠かせない基礎となります。
※日本のCO₂排出量は、電気・熱の配分方法によって部門別の見え方が変わるため、事業活動との関係を理解する際には「配分後」の視点が必要です。
なぜ今、企業にカーボンニュートラルの取り組みが求められているのか
出典:気象庁
カーボンニュートラルの取り組みが求められている最大の理由は、環境への取り組みが「任意の配慮」ではなく、事業継続や競争力に直結する経営課題になっているためです。
気候変動の影響が顕在化する中、各国政府による脱炭素政策の強化や国際的なルール整備が進み、企業には温室効果ガス削減への取り組みが求められるようになっています。
実際に、日本国内でも気温上昇は明確なデータとして表れています。上のグラフは、気象庁が公表している日本の年平均気温の推移を示したもので、1991~2020年の平均を基準に見ると、日本の平均気温は長期的に上昇傾向にあり、100年あたり約1.3℃前後のペースで上昇していることが分かります。特に近年は高温となる年が続いており、気候変動がすでに現実の問題として進行していることが読み取れます。
日本においても、こうした状況を背景に、2050年カーボンニュートラルの実現を掲げ、エネルギー政策や産業政策の転換が進められています。これらの動きは、規制や制度にとどまらず、取引先からの要請、投資家の評価、消費者の選択といった形で事業業活動そのものに直接影響を及ぼし始めています。
なお、カーボンニュートラルへの取り組みは、すべての企業に一律の法的義務が課されているわけではありません。ただし、大企業や上場企業では排出量の把握・開示が事実上必須となりつつあり、その影響はサプライチェーンを通じて中小企業にも広がっています。
国際社会は脱炭素を前提に動いている
国際社会ではすでに、脱炭素を前提とした政策・経済運営が推進されています。
2015年に採択されたパリ協定を契機に、各国は気候変動対策を国家戦略の中核に位置づけ、2050年頃までのカーボンニュートラル実現を長期目標として掲げる動きが加速しました。
実際に、資源エネルギー庁が公表している資料によると、世界の多くの国・地域が「2050年まで」「2060年まで」「2070年まで」といった期限を設定し、温室効果ガス排出実質ゼロを目指す方針を明確にしています。 特に、日本、EU、アメリカなどの先進国に加え、中国も2060年までのカーボンニュートラルを表明しており、主要経済国の多くが脱炭素技術の活用を前提とした成長モデルへと移行していることが分かります。
このような国際的な流れは、環境政策にとどまらず、貿易ルール、投資判断、産業競争力にも影響を及ぼし始めています。
今後は、脱炭素への取り組みが遅れた企業ほど、取引や市場参入の面で不利になる可能性が高まり、脱炭素は「努力目標」ではなく、国際社会で活動するための前提条件になりつつあります。
企業がカーボンニュートラルへの取り組みを検討する際には、こうした国際社会の方向性を理解した上で、自社の事業やサプライチェーンにどのような影響が及ぶのかを見極めることが必要です。
ESG・SDGsと企業経営の関係
ESGやSDGsへの対応は、社会貢献活動ではなく、経営の持続性や企業価値を左右する重要な判断軸となっています。
近年、企業は「どれだけ利益を出しているか」だけでなく、「どのように社会課題に向き合い、長期的に成長できるか」という視点で評価されるようになっています。ESGとは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)の頭文字を取った考え方で、投資判断における重要な基準として定着しています。
特に環境分野では、温室効果ガス排出の削減や再生可能エネルギーの活用、省エネルギー技術の導入など、どのような技術を用いてカーボンニュートラルを目指しているかが評価に直結する要素となっています。
また、SDGs(持続可能な開発目標)は、国連が掲げる国際目標であり、多くの企業が自社の事業活動と結びつけた取り組みを推進しています。SDGsへの貢献は、中長期的な成長戦略や事業の方向性を示す指標としても活用されており、ESG経営と密接に関係しています。
実際に、金融機関や機関投資家の間では、ESG要素を考慮した投資判断が主流となりつつあります。環境への取り組みが不十分な場合、資金調達の面で不利になる可能性があり、反対に脱炭素や環境配慮を推進している企業は、投資対象として選ばれやすくなる傾向があります。
取引先・投資家・消費者からの要請
現在、企業がカーボンニュートラルに取り組む背景には、取引先・投資家・消費者といったステークホルダーからの要請が強まっていることがあります。
脱炭素への対応は、もはや自主的に選択するテーマではなく、取引や評価の前提条件になりつつあります。
まず取引先との関係においては、大手を中心にサプライチェーンでの温室効果ガス削減が求められるようになっています。自社だけでなく、原材料調達や物流、委託先を含めた排出量(Scope3)の把握や削減が進められており、取引先にも環境対応を求めるケースが増えています。脱炭素への取り組みが不十分な場合、取引条件の見直しや、場合によっては取引継続に影響を及ぼす可能性もあります。
投資家や金融機関からの要請も強まっています。ESG投資の拡大により、環境対応や気候変動リスクへの姿勢は、投資判断や融資条件に影響を与える重要な要素となっています。温室効果ガス削減の目標や進捗状況を十分に示せない場合、資金調達の面で不利に働く可能性があります。
さらに、消費者の意識も変化しています。環境配慮や社会課題への姿勢を重視して商品やサービスを選ぶ動きが広がっており、企業の脱炭素への取り組みは、ブランドイメージや購買行動にも影響を与えています。環境への配慮が不十分だと評価された場合、企業価値の低下や不買行動につながるリスクもあります。
企業がカーボンニュートラルに取り組む主な目的
出典:経済産業省「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」
企業がカーボンニュートラルに取り組む最大の目的は、環境対応を通じて事業の持続性と競争力を高めることにあります。
単に温室効果ガスの排出量を減らすことが目的ではなく、社会や市場の変化に適応し、長期的に選ばれ続ける企業であるための経営判断として位置づけられています。
実際に、経済産業省が公表している「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」では、脱炭素への取り組みがエネルギー、産業、運輸、ライフスタイルなど幅広い分野に波及し、新たな需要や産業の創出につながることが示されています。
この図が示すとおり、カーボンニュートラルはコスト負担ではなく、企業の成長や競争力強化につながる構造的な変化として位置づけられています。
以下では、企業がカーボンニュートラルに取り組む主な目的について整理していきます。
環境負荷の低減と社会的責任
カーボンニュートラルに取り組む目的の一つは、事業活動に伴う環境負荷を低減し、社会的責任を果たすことにあります。
事業活動は、エネルギーの使用や資源の消費を通じて、温室効果ガスの排出や自然環境への影響と密接に関係しており、その影響を最小限に抑えることは避けて通れない課題です。
特に気候変動問題は、自然災害の激甚化や生態系への影響など、社会に広範な影響を及ぼすことが指摘されています。企業が温室効果ガスの排出削減に取り組むことは、こうしたリスクの低減につながるだけでなく、社会の持続可能性を支える役割を担うことでもあります。
また、環境への配慮は、社会的責任(CSR)の一環として、国際的にも重視されています。脱炭素への対応を通じて、環境問題に真摯に向き合う姿勢を示すことは、社会からの信頼を得る上でも必要です。
環境負荷の低減を意識した事業運営は、企業が社会の一員として果たすべき責任を具体的な行動として示すことにつながります。
さらに、環境対応を進める過程で、省エネルギー化や資源の効率的な利用が進むことで、結果的に事業の効率化や無駄の削減にも寄与するケースがあります。
企業価値・ブランドイメージの向上
環境対応が重視される中で、組織としての姿勢や行動は、社会や市場からの評価に直結するようになっています。
近年、取引先や投資家、消費者は、どのような価値観を持ち、社会課題にどう向き合っているかを重視する傾向を強めています。脱炭素への取り組みを通じて、環境問題に積極的に対応する姿勢を示すことは、企業の信頼性や透明性を高め、長期的な評価につながります。
また、カーボンニュートラルに向けた目標設定や進捗の開示は、説明責任を果たす上でも必要です。環境対応を可視化し、継続的な改善に取り組んでいることを示すことで、企業としての姿勢が明確になり、ブランド価値の向上が期待できます。
さらに、環境配慮型の商品・サービスの提供は、他社との差別化にもつながります。脱炭素を意識した製品開発や事業展開は、先進性や将来志向を印象づけ、市場における競争優位性を高める要因となります。
中長期的な経営リスクの回避
カーボンニュートラルへの取り組みは、中長期的な経営リスクを回避するための重要な施策です。
気候変動への対応が進む中で、脱炭素への取り組みの遅れは、将来的に企業活動の制約やコスト増加といった形で経営リスクとなる可能性があります。
各国政府による環境規制の強化や、温室効果ガス排出に関するルール整備が進められており、今後は排出量の把握・開示や削減が、事業運営における不可欠な前提条件になることが想定されます。早期に対応を進めていない場合、急な制度変更への対応を迫られ、経営負担が増大するおそれがあります。
また、エネルギー価格の変動や化石燃料への依存は、コスト構造に大きな影響を与えます。省エネルギー化や再生可能エネルギーの活用を推進することで、エネルギー調達リスクを分散し、事業の安定性を高めることが可能です。
さらに、気候変動に伴う自然災害の激甚化は、サプライチェーンの寸断や操業停止といったリスクを高めています。脱炭素への取り組みを通じて環境負荷を低減することは、こうした長期的な社会リスクの軽減にもつながります。
すぐ使える実務テンプレート集(排出量算定・Scope3整理・KPI例)
カーボンニュートラルの必要性や全体像を理解しても、「具体的に何から始めればよいのか分からない」と感じる企業は少なくありません。特に実務担当者にとっては、概念や方針だけでなく、実際に使える整理方法や判断材料が求められます。
そこで排出量算定のためのデータ収集テンプレート、Scope3の優先順位付けの考え方、そして部門別に活用できるKPI例をまとめました。
いずれも、実務の出発点としてそのまま活用できる形式で整理しています。
排出量算定データ収集テンプレート(拠点別・項目別整理例)
排出量算定では、まず「どのデータをどの部門が保有しているか」を整理することが出発点になります。以下は、実務で使える全社データ管理台帳の例です。
※下記はあくまで入力例であり、実際の排出量や活動量を示すものではありません。
※情報が取得できない場合は、平均距離や業界原単位を用いて推計する方法もあります。
※算定時に使用した排出係数(出典・年度)も必ず記録しておきましょう。年度更新時の再計算や第三者検証の際に必要になります。
全社データ管理台帳▼
| 管理ID | 排出区分 | 活動項目 | 対象範囲(拠点/部門) | データ保有部門 | 取得頻度 | 取得方法 | 単位 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| A-01 | Scope2 | 購入電力 | 全拠点 | 総務/施設 | 月次 | 電力会社請求書 | kWh | 契約種別も記録 |
| A-02 | Scope1 | 都市ガス | 工場A | 工務 | 月次 | ガス請求書 | m³ | 用途(空調/工程) |
| A-03 | Scope1 | 社有車燃料 | 営業部 | 経理 | 月次 | 給油カード明細 | L | 車両区分別 |
| A-04 | Scope3 | 上流物流 | 購買 | 四半期 | 物流実績レポート | ton-km | 重量不明時は推計 | |
| A-05 | Scope3 | 出張 | 全社 | 人事 | 月次 | 精算システム | km | 交通手段別に整理 |
| A-06 | Scope3 | 廃棄物 | 工場A | 環境担当 | 月次 | マニフェスト | kg | 処理方法別 |
拠点×エネルギーデータ一覧(Scope1・2)▼
| 年月 | 拠点名 | 組織区分 | 電力 ( kWh ) | 再エネ電力 ( kWh ) | 都市ガス ( m³ ) | 重油 ( L ) | LPG ( kg ) | 自家発電 ( kWh ) | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2026/1 | 東京本社 | 自社 | 120,000 | 0 | 8,000 | 0 | 0 | 0 | 高圧契約 |
| 2026/1 | 工場A | 自社 | 350,000 | 20,000 | 25,000 | 15,000 | 0 | 0 | ボイラー有 |
物流データ(Scope3)▼
| 年月 | 区分 | 輸送手段 | キャリア | 出発地 | 到着地 | 重量 ( t ) | 距離 ( km ) | ton-km | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2026/1 | 上流 | トラック | 〇〇物流 | 大阪 | 工場A | 120 | 300 | 36,000 | 重量不足時は推計 |
| 2026/1 | 下流 | 宅配 | △△便 | 全国 | 顧客 | ー | ー | ー | 地域別平均距離で推計 |
出張データ(Scope3-6)▼
| 年月 | 部門 | 交通手段 | 区間 | 回数 | 距離 ( km ) | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2026/1 | 営業 | 新幹線 | 東京-名古屋 | 3 | 1,046 | 往復×回数 |
| 2026/1 | 開発 | 航空機 | 羽田-福岡 | 1 | 1,760 | ー |
廃棄物データ(Scope3-5)▼
| 年月 | 拠点 | 廃棄物区分 | 処理方法 | 品目 | 重量 ( kg ) | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2026/1 | 工場A | 産廃 | 焼却 | 廃プラ | 5,200 | ー |
| 2026/1 | 工場A | 産廃 | リサイクル | 金属くず | 1,800 | 有価物 |
Scope3優先順位付けシート(カテゴリ別整理の考え方)
Scope3は最大15カテゴリに分類されますが、すべてを同時に詳細算定するのは現実的ではありません。
そのため実務では、自社の事業特性に照らして優先順位を付けることが重要になります。
以下は、その整理に使える簡易評価シートの例です。
Scope3優先順位付けシート▼
| 指標 | 評価基準 |
|---|---|
| 金額規模 | 5 = 非常に大きい / 1 = 小さい |
| 排出寄与 | 5 = 大きい可能性高い / 1 = 小さい |
| データ取得容易性 | 5 = すぐ取れる / 1 = 困難 |
| 外部要請 | 5 = 取引先・投資家から強い要請あり |
Scope3カテゴリ優先順位整理表▼
| カテゴリ | 対象例 | 金額規模 | 排出寄与 | 取得容易性 | 外部要請 | 優先度 ( A/B/C ) | 次アクション |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 購入した製品・サービス | 原材料/部材 | 5 | 5 | 2 | 4 | A | 主要10品目を特定 |
| 上流物流 | 調達輸送 | 4 | 4 | 3 | 4 | A | 主要キャリアから開始 |
| エネルギー関連 | 燃料上流 | 4 | 3 | 4 | 3 | A | Scope1/2連動算定 |
| 廃棄物 | 焼却/埋立 | 2 | 3 | 4 | 2 | B | 処理方法別整理 |
| 出張 | 航空/鉄道 | 2 | 2 | 5 | 2 | A | 精算データ整理 |
| 通勤 | 従業員通勤 | 2 | 2 | 2 | 1 | C | 年1回アンケート |
上記の表は正確な排出量を算定する前段階として、「どこから着手するか」を決めるための整理するためのものです。
たとえば
- 金額規模が大きいカテゴリは、排出量も大きい可能性が高い
- 情報取得が容易な項目は、早期に算定・改善が可能
- 取引先や投資家から強く開示を求められている分野は優先度が上がる
といった観点から、A・B・Cなどで分類していきます。
優先度の目安は以下の通りです。
A:直ちに算定・改善に着手するカテゴリ
B:基礎データ整理後に対応を検討するカテゴリ
C:現時点では優先度が低いが、将来的に見直すカテゴリ
部門別KPI(製造・オフィス・物流の具体例)
カーボンニュートラルの取り組みを現場に落とし込むためには、「排出量」だけでなく、部門ごとに管理できる具体的なKPIを設定することが重要です。
製造・オフィス・物流では排出構造が異なるため、それぞれの業務特性に合わせた指標を選ぶ必要があります。
まずは、自社の事業内容に近い部門のKPIを3つ程度選び、四半期ごとに進捗を確認するところから始めると実行しやすくなります。
すべてを一度に管理しようとせず、「測れるものから管理する」ことが継続のポイントです。
製造業向けKPI▼
| KPI | 単位 | 目安(例) | なぜ重要か |
|---|---|---|---|
| エネルギー原単位(生産量あたり電力) | kWh/製品1個 | 前年比▲3〜5% | 生産増でも効率改善を可視化できる |
| 再エネ電力比率 | % | 30〜50%(段階目標) | Scope2削減の即効性指標 |
| コンプレッサー稼働効率 | % | 80%以上 | 工場の隠れ電力ロスを抑制 |
| LED化率 | % | 90%以上 | 低コスト改善の進捗管理 |
| 廃棄物リサイクル率 | % | 80%以上 | Scope3-5の改善 |
オフィス主体企業向けKPI▼
| KPI | 単位 | 目安 | 意味 |
|---|---|---|---|
| 1人あたり電力使用量 | kWh/人 | 前年比▲3% | 行動改善の成果測定 |
| 再エネ電力比率 | % | 50%以上 | Scope2削減 |
| ペーパーレス率 | % | 90%以上 | 間接排出削減 |
| Web会議比率 | % | 70%以上 | 出張削減 |
物流が多い企業向けKPI▼
| KPI | 単位 | 目安 | 意味 |
|---|---|---|---|
| 輸送原単位 | kg-CO2/売上 | 前年比▲5% | 効率改善 |
| モーダルシフト比率 | % | 20%以上 | 鉄道/船舶活用 |
| 積載率 | % | 85%以上 | 空車削減 |
| EV比率 | % | 段階導入 | 中長期削減 |
※上記の目安はあくまで一例であり、業種・事業規模・地域条件によって適切な水準は異なります。
まとめ
企業にとってカーボンニュートラルへの取り組みは、もはや一部の先進的な企業だけの課題ではありません。
国際社会で脱炭素を前提とした動きが進み、日本国内でも政策や制度、取引慣行が変化する中で、持続可能な事業活動を実現するための前提条件となりつつあります。
カーボンニュートラルは、環境負荷の低減や社会的責任の履行にとどまらず、企業価値やブランドイメージの向上、中長期的な経営リスクの回避、人材確保や投資機会の拡大にもつながる重要な経営テーマです。
早期に取り組むことで、将来の規制強化や市場変化に柔軟に適応できる体制を整えることができます。
一方で、初期コストや効果測定、情報開示のあり方など、慎重に検討すべき点もあります。
自社の事業内容や規模に応じて、活用可能な技術や手法を見極めながら、無理のない計画を立て、カーボンニュートラルの実現に向けて段階的に取り組みを進めることが重要です。
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